無料壁紙花 サギソウ
科属:ラン科ミズトンボ属
学名:Habenaria radiata
和名:サギソウ(鷺草)
サギソウ(鷺草、Habenaria radiata または Pecteilis radiata)とは、ラン科ミズトンボ属(Habenaria)、或いはこの属を細分化したサギソウ属(Pecteilis)に分類される湿地性の多年草。
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九品仏仁王門
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特徴
7月~9月に白い花が咲く。唇弁が幅広く、その周辺が細かい糸状に裂ける様子がシラサギが翼を広げた様に似ていることからこの名前で呼ばれる。この花には3~4cmにもなる長い距があり、この末端に蜜が溜まる。花は、特に夜になると芳香を発する。
葉は根出葉が少数つく。花期になると茎は単立して高く伸び、20cmから時には50cmにも達し、先端近くに1輪から数輪の花をつける。地下には太い根が少数つく。また根によく似た太い地下茎が何本か伸び、この先端が芋状に肥大してこの部分だけが年を越す。
九品仏-浄真寺
正式名:九品山 浄真寺
別称:九品仏浄真寺
浄真寺(じょうしんじ)は東京都世田谷区奥沢七丁目にある、浄土宗の寺。山号は「九品山」。
「九品仏」(くほんぶつ)とは、一義的には、後述のとおり同寺に安置されている9体の阿弥陀如来像のことであるが、一般には同寺の通称となっている。転じて、同寺の周辺の地区を指す場合にも用いられる。
歴史
浄真寺の地は、もともとは世田谷吉良氏系の奥沢城であった。小田原の役後同城は廃城となったが、寛文5年(1675年)に当地の名主七左衛門が寺地として貰い受け、延宝6年(1678年)、珂碩上人(かせきしょうにん)が同地に浄真寺を開山した。
「九品仏」の由来
広い境内の本堂の対面に3つの阿弥陀堂があり、それぞれに3体合計9体の阿弥陀如来像が安置されている。
この9体はそれぞれ、上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生を表し、あわせて九品である。
この九品の仏から、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれている。
文化財と天然記念物
浄真寺には、「お面かぶり」と呼ばれる仏教行事がある。正式には「二十五菩薩来迎会」といい、3年に一度、本堂と上品堂の間に渡された橋を菩薩の面をかぶった僧侶らが渡るというものである。菩薩の来迎の様子を表すものだという。都の無形文化財に指定されている。
緑濃い浄真寺には、都天然記念物のイチョウ、カヤがある。また、かつてはサギソウ園(世田谷区の花)があり、区民に親しまれていたが、駐車場拡大により取りつぶされ、今は本堂脇の片隅に僅かに残るのみとなり、これを惜しむ檀家、区民は少なくない。
世田谷区とサギソウ
サギソウは世田谷区の「区の花」に指定されている。昔は大規模なサギソウの自生地が存在したためである。また、世田谷区にはサギソウに絡んだ昔話も残っている。吉良頼康公の側室「常盤姫(ときわひめ)」が悪い噂話のために追放され、身重で逃亡し、自害して身の潔白を証明しようとした。その際、飼っていた白鷺の足に遺書をくくり付け飛ばしたのだが、白鷺は途中で力尽きて死んでしまう。死因は飛び続け力尽きたとも、鷹狩の鷹や弓矢に落とされたともいわれている。その白鷺が多摩川のほとりでサギソウになったという御伽噺(おとぎばなし)である。現代、世田谷区にはサギソウの自生地は残っていない。世田谷のサギソウは、寺社や公園の人工的な湿地にあるものか、園芸用に育てられているものしか姿を見ることが出来ない。夏には「サギソウ祭り」というイベントが開かれ、そこではサギソウの鉢植えも売られている。
アクセス
東急大井町線「九品仏」駅下車、徒歩3分
お問い合わせ:九品仏浄真寺/TEL03-3701-2029
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